「乳酸」はあなたの敵か味方か?
乳酸はエネルギー物質です。しかし過剰な蓄積で、筋肉を酸性化して、運動機能の低下や筋肉疲労を起こします。
乳酸をプラスにもマイナスにもするコントロール術は、持久力系・瞬発力系スポーツともに重要な課題です。
目次
乳酸はコントロールできる!
乳酸をコントロールすると、こんなことが起きます。
同じ運動量でも疲れない、バテにくい、筋肉疲労の回復が早い、エネルギーを持続しやすいなどにより、持久力にアップ、瞬発筋の回復力アップなどの効果が期待されます。
そんな乳酸のコントロール術を2つのポイントからお伝えします。1つは「乳酸が蓄積しにくい身体」と、もう1つは「乳酸を溜めない方法」です。そこで重要な指数になるのが「LT」です。
LT:乳酸性作業閾値アップ
乳酸はある運動強度を超えると急激に蓄積します。この境界点をLT(乳酸性作業閾値/にゅうさんせいさぎょういきち)といい、この値を高めるトレーニングで「乳酸を蓄積しにくい身体」になります。
また乳酸の蓄積量は、休憩や運動の仕方でも変わります。その活用が「乳酸をためない方法」です。
LTは「持久力を確実にアップする乳酸性作業閾値‐LTトレーニング!」で詳しくご紹介しています。
乳酸2つの作用!
乳酸コントロール術の前に、乳酸の特徴やメカニズムを見てみましょう。
乳酸が運動機能に及ぼす影響は2つあります。1つはプラス効果の「エネルギー代謝を効率化する作用」で、もう1つはマイナス効果の「筋肉を酸性化させる作用」です。
乳酸のプラス面
乳酸のプラス効果である「エネルギー代謝を効率化する作用」も2つあります。
糖エネルギーの流動性
糖の多くは、筋グリコーゲンとして筋肉細胞に備蓄されます。糖の備蓄量は筋肉量に比例するため、太い瞬発系の速筋(白筋)で多く、細い持久系の遅筋(赤筋)で少ないのです。また筋グリコーゲンは、筋肉細胞を移動できないため、遅筋(クエン酸回路が多い)では、あまり糖代謝ができません。
そこで糖代謝でつくったピルビン酸が乳酸に変化して、血液にのり筋肉細胞間を移動するのです。
糖エネルギーの一時保管
解糖系では、糖の代謝によってピルビン酸をつくります。それをクエン酸回路(TCA回路)に送り、有酸素代謝の燃料として大量のエネルギーを発生させます。しかし有酸素代謝は稼働スピードが遅いほか、激しい運動では解糖系が中心で、クエン回路はあまり稼働しません。
そのためピルビン酸は余りますが、安定性が悪く蓄えることができません。そこでピルビン酸は乳酸となって短期備蓄を可能にしたのです。
持久筋(赤筋)に移動した乳酸は、必要に応じてピルビン酸に戻り、クエン酸回路の原料になります。そこでは解糖系の16倍ものエネルギーを生み出します。使い切らなかった乳酸は1時間ほどで分解されますが、過蓄積により筋肉を酸性化させるマイナス面があります。
乳酸のマイナス面
乳酸は筋肉や体を酸性にします。私たちの体はpH7.4(ペーハー7.4と呼ぶ:中性は7.0でプラスがアルカリ性、マイナスが酸性)に保たれていますが、乳酸によりpH6.5(酸性)になることがあります。
pH6.8を切ると、エネルギー代謝の低下、筋収縮率の低下、神経伝達の悪化、血行不良(ドロドロ血液)による筋肉痛や腰痛・肩こり、回復力の低下などが起こるようになります。
多少の乳酸蓄積量であれば、中和機能によって筋肉の酸性化を防いでくれます。しかし乳酸が大量に蓄積して中和機能がオーバーすると、筋肉の酸性化が始まります。
乳酸のメカニズムと特徴
筋肉を動かすエネルギー源(材料)は「糖質」「脂質」「タンパク質」の3つに分けられます。その中でもっとも早くエネルギー化できるのが、解糖系での糖代謝です。解糖系の最終物質はピルビン酸で、クエン酸回路(TCA回路)に送られ代謝されます。乳酸はそのピルビン酸が変化したものです。
糖代謝の経路や解糖系ついては「解糖系とクエン酸回路!糖代謝力をアップする4つのこと」で詳しくご紹介しています。
*代謝とは?
代謝とは物質が変化することで、酵素により行われます。エネルギー代謝は、糖質や脂質などが各代謝経路を通ってエネルギー化することです。エネルギー代謝の最終段階で水と二酸化炭素になる完全代謝を「酸化」といいますが、酸性化と混同しやすいので、ここでは「代謝」とします。糖代謝は糖のエネルギー代謝、脂質代謝は脂質のエネルギー代謝のことをいいます。
乳酸とグリコーゲンの関係
糖質はグリコーゲン(単糖類がつながったもので貯蔵するための状態)という形で、3分の2以上が筋肉量に比例して筋肉内に、残りが肝臓内(一部血中)で蓄えられます。
筋グリコーゲンと肝グリコーゲンの違い
大きな違いは、流動性(移動性)と使われ方です。肝臓のグリコーゲンは血糖値を調整するために流動性がありますが、筋肉のグリコーゲンは流動性がありません。また肝グリコーゲンは、心臓や脳のエネルギーとして最優先されますが、筋グリコーゲンはその場で筋収縮エネルギーとして代謝します。
筋グリコーゲンの欠点のカバーする乳酸
糖の蓄積量は筋肉量に比例するため、太い瞬発力系の速筋(白筋)では多く、細い持久力系の遅筋(赤筋)ではすぐに枯渇してしまいます。そこで筋肉間を移動できない筋グリコーゲンに変わって送り込まれるのが「乳酸」です。瞬発系だけでなく持久系(遅筋)スポーツにおいても、脂質代謝と同時に糖代謝も行われています。
- 糖代謝の枯渇リスク回避なら「糖代謝の効率化!運動強度とグリコーゲン調整4つのポイント!」
- グリコーゲンの貯蔵量は「カーボローディング効果!超持久力を生み出すメカニズム」
でご紹介しています。
乳酸と糖質の特徴
<乳酸の特徴>
- 糖の分解過程で乳酸が発生する-脂質やタンパク質の代謝では乳酸の発生はない
- 乳酸は解糖系の糖代謝で発生する-有酸素系のクエン酸回路では発生しない
- 運動強度が高くなると発生しやすい-LTを超えると乳酸は急増。しかし就寝中でも発生している。
- 乳酸を処理する能力は備わっている-急増した場合は、処理能力を超え酸性化の恐れ
<糖質の特徴>
- エネルギー化される糖質(単糖)は、グルコースとフルクトースがある。
- グルコース(ブドウ糖)は、糖が連続してつながったグリコーゲンで貯蔵される
- 糖は水溶性ですぐに使える-脂質やタンパク質は脂溶性で代謝に時間がかかる
- 糖が貯蔵されるときは3倍の水を抱え込む-糖質の4倍の体重増、または体重減
- 糖はタンパク質とくっつきやすい-糖尿病では様々な症状を引き起こす
- 糖質は貯蔵量が少ない-脂質は無限に貯蔵できるが使うのに時間がかかる
乳酸が発生するまで!
2つのエネルギー工場
エネルギーをつくり出す生産工場は、大きく分けて2種類あります。酸素を必要としない「無酸素系エネルギー代謝(嫌気性代謝)」と酸素が必要な「有酸素系エネルギー代謝(好気性代謝)」です。乳酸は無酸素系で作られ、有酸素系でエネルギー化します。
無酸素系の代謝回路は「解糖系」と「クレアチンリン酸系」があり、有酸素系の代謝回路は「クエン酸回路(TCAサイクル)」です。それぞれエネルギーを産生するメカニズム(代謝経路)が異なり、エネルギー物質をつくり出すスピードと量が変わります。
解糖系とクエン酸回路の違い
解糖系の原料は「糖質」のみで、エネルギーを早く放出する使命があります。そのためスピードが優先され、エネルギーの生産量が少ないのです。
一方、クエン酸回路は「糖質」「脂質」「タンパク質」のすべてを原料にすることができます。エネルギー代謝のスピードは遅い反面、多くの酸素を使って大量のエネルギーを放出します。人間が酸素を吸って二酸化炭素を出すのは、この活動のためです。
エネルギー化の速度 | エネルギー量 | 最終物質 | |
解糖系 | 早い | 少ない(2) | ピルビン酸・エタノール |
クエン酸回路-電子伝達系 | 遅い | 多い(34) | 水・二酸化炭素 |
いずれもエネルギーの最終物質であるATP(アデノシン三リン酸)をつくるためのものです。ATPがADP(アデンシンニリン酸)とリン酸とが分解されるときにエネルギーが放出されるため、エネルギー量=ATP数ということになります。無酸素系と有酸素系では、ATPをつくる複雑な代謝経路のしくみの違いです。クエン酸回路では、その後に続く電子伝達系でエネルギーが放出されます。
乳酸をつくる無酸素系
瞬発力で最も早くエネルギーになるのが、アミノ酸であるクレアチンがリン酸化した「クレアチンリン酸」です。肝臓で合成されたクリアチンは、リン酸と結合してから筋肉に運ばれます。そこでクレアチンとリン酸が分解され、エネルギーを発生させます。しかし数秒で枯渇します。
次にグリコーゲンが「解糖系」代謝回路を通ってエネルギーになります。その過程で発生するのが「乳酸」です。
乳酸コントロール術!
「乳酸が発生しにくい身体」と「乳酸を溜めない方法」によって、乳酸をコントロールします。
乳酸を発生しにくい身体をつくる
軽いウォーキングからランニングへと、徐々にスピード(運動強度)上げていくと、急激に乳酸が蓄積する点があります。それが乳酸性作業閾値:LTですが、その点は人によってさまざまです。
このLTは、トレーニングで簡単に押し上げることができます。つまり同じ運動強度でも、乳酸が溜まりづらい身体にできるということです。
その方法は、LTトレーニングです。詳しくは「持久力を確実にアップする乳酸性作業閾値:LTトレーニング」でご紹介しています。その方法によって、同じ運動強度でも心拍数を低く抑えられ、乳酸の蓄積を防ぐことができます。
乳酸をためない運動方法
乳酸が溜まるということは、乳酸発生量が乳酸代謝量を上回っているということです。乳酸の発生は解糖系による無酸素糖代謝によって発生し、乳酸代謝はクエン酸回路による有酸素代謝によって行われます。
激しい運動では、解糖系が活躍して有酸素代謝が追いつかず、乳酸が蓄積します。
では、その乳酸を蓄積させないためには?
LT値を超えた激しい運動の後には、LT値を下回る軽い運動を続けて行うことです。例えば50mダッシュした後に、軽い走りを30-60秒ほど行います。そうすることで、発生した乳酸をクエン酸回路が代謝してくれます。
仮にダッシュした後に、そのまま倒れ込み、乳酸を代謝しなかった場合、蓄積した乳酸は1時間ほどで消滅します。しかしその間に筋肉を酸性化させる恐れがあり、筋肉疲労の回復を遅らせます。
ハーハーした運動の後は、ゆっくりとした運動を継続することで、乳酸の蓄積が防げます。
ちなみに、その繰り返しが行われているスポーツがサッカーです。
乳酸の科学のまとめ
- 乳酸はエネルギーを効率化する物質
- 乳酸は筋肉を酸性化する恐れがある
- 体には乳酸を中和する機能がある
- 中和機能の許容を超えると運動機能の低下リスク
- 乳酸の発生と消費はコントロールできる
- 乳酸の許容度を高めることができる
- 乳酸を上手に消費する方法がある
<参考文献>
乳酸と運動生理・生化学~エネルギー代謝の仕組み~/著:八田秀雄/木村出版、驚異の乳酸球菌-究極の予防医学食品が歴史を変える/著:河合康雄ほか、疲れがとれないのは糖質が原因だった/著:溝口徹/青春新書、乳酸を活かしたスポーツトレーニング/著:八田秀雄/講談社、エネルギー代謝の活かしたスポーツトレーニング/著:八田秀雄/講談社ほか
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